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50歳のリスキリング - ユカとカズの往復書簡(3)デジタルの言葉がわからない

2025年12月17日

◇はじめに

 この連載は、生命保険会社のシステム部門に長年勤めてきた先輩・カズさんと、同じグループ会社のシステム関連会社で会計・総務を担当してきた後輩・ユカさんとの往復書簡のかたちで話が進んでいきます。

 ユカさんは50歳を目前に、「このまま同じ仕事を続けていてよいのか」という不安を抱え、思い切ってシステム開発部門へ異動しました。若い頃は将来のキャリアを考える余裕もなく、一所懸命に与えられた日々の業務に向き合ってきた彼女にとって、これは大きな挑戦でした。

 カズさんは、20年前に大阪で一緒に働いていた時からユカさんの将来を気にかけていました。ユカさんが初めて「学び直し」に挑む姿を、先輩として応援しつつ、時に具体的な助言を送り続けました。

 全10回の手紙で、50歳前後でキャリアを転換しようとする人が直面する悩みや葛藤、そして小さな成功や発見を紹介していきます。

◇デジタルの言葉がわからない――ユカさんからの手紙、カズさんの返事

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【ユカさんの手紙】

拝啓 カズさんへ。

 リスキリングを始めて二ヵ月が過ぎました。

 少しずつ職場の雰囲気には慣れてきたものの、毎日の会議や資料に出てくる言葉の多さに、今も圧倒される日々です。

 「API連携」「SaaS」「ユーザージャーニー」……。

 ひとつひとつ意味を調べ、自分なりに理解しようとしていますが、次の日にはまた新しい単語が出てきます。

 追いかけても追いかけても追いつけない――そんな気持ちになります。

 けれど、調べて定義を覚えただけでは、本当の理解には届かないことも感じています。

 たとえば「ユーザージャーニーを描く」といっても、実際に描こうとすると手が止まってしまう。

 言葉の意味を一部知っただけでは、実務で使いこなすことは難しいのです。

 ビジネスやマーケティングなど、まだ知らない領域が多い状態では、言葉を覚えるだけでは全体像がつかめず、理解したつもりになってしまうこともあります。

 若い同僚たちは当たり前のように専門用語を使いこなし、ホワイトボードに図を描きながら議論を進めています。

 私はまだメモを取るのが精一杯で、意見を言う余裕もありません。

「このままで自分は本当に役に立てるのだろうか」と、不安に押しつぶされそうになることもあります。

 これまで会計や総務の仕事を二十年以上続けてきましたが、その経験が今の現場ではあまり意味を持たないように感じる瞬間もあります。

 自分が積み重ねてきたものが通用しないのではないかーそんな疑念が頭をよぎるたびに、胸が苦しくなります。

 それでも、大阪に残した家族に「頑張っている」と言えるように、もう少し踏ん張りたいと思っています。

 学び直しを始めた以上、簡単に逃げ出したくはありません。

 少しずつでも前に進み、今の自分なりの力で、この新しい世界に馴染んでいきたいと思います。

 カズさん、デジタルの世界の言葉を理解するにはどうすればいいのでしょうか。経験が通用しないように感じるとき、どう向き合えばよいのでしょうか。  

                                敬具

                               ーユカ

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【カズさんの返事】 

ユカさんへ。

 新しい領域に足を踏み入れたとき、最初に直面するのは「言葉の壁」です。専門用語が飛び交い、初めはまるで異国の地に迷い込んだように感じる。それは自然なことです。私自身もシステム部門に配属された当初、プログラミング言語やネットワークの仕組みに圧倒されました。けれども繰り返し接するうちに、少しずつ理解できるようになりました。言葉は慣れです。焦らず、今の学びを続けてください。

 君が不安に思っている「経験が通用しない」という感覚についても触れたい。確かに、会計や総務の知識をそのままデジタル企画に持ち込んでも、すぐには役に立たないかもしれません。しかし、それは「今すぐに」ではなく「いずれ必ず」意味を持ちます。新しい仕組みを導入するとき、業務の流れを理解し、現場のリアルを知っている人の存在は欠かせません。デジタルは道具であり、それをどう使うかは人の経験に依存するのです。

 不安を抱えていると書いてありましたね。それは真剣に取り組んでいる証拠です。ただし、完璧を求めすぎないようにしてください。最初から専門家のように振る舞う必要はありません。むしろ「わからないことを素直に聞ける人」であることが、今の職場では信頼につながります。

 言葉を覚える過程で、自分が本当に理解したことと、まだ曖昧なことが見えてきます。その積み重ねが学び直しの成果です。経験が通用しないように感じるのは一時的なもの。新しい言葉と古い経験がつながったときに、ユカさんにしかできない仕事が必ず見えてきます。

 焦らず、一歩一歩。君の挑戦は、正しい方向に進んでいます。

                                敬具

                               ーカズ

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【結 び】

 リスキリングの初期段階で直面する「言葉の壁」は、多くの人に共通する悩みのひとつです。新しい分野の専門用語は、最初は意味がわからなくて当然です。しかし、繰り返し触れることで少しずつ定着していきます。重要なのは「分からないからつまらない」と思うのではなく、「新しいことにワクワクする」といったポジティブな気持ちを持って取り組むこと。試験を受けて点数の高い・低いを確かめ、自分のものにしていく行動が必要だと思います。

 また、過去の経験が無意味になるわけではありません。むしろ、デジタルの仕組みを現場で活かすためには、長年の実務経験が不可欠です。知識と経験が結びついたときに、大きな力が生まれます。

 リスキリングとは、言葉を覚えること以上に、自分の経験を新しい世界と結びつける営みなのです。前を向いて未来を信じて取り組むことが成功のコツです。

(住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー デジタル共創オフィサーデジタル&データ本部 事務局長)

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