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生命保険ビジネスの「みらい」展望(9)テクノロジーが変える保険業務の未来 ―人とデジタルの共生を目指して

2025年03月25日

 筆者は住友生命保険相互会社でデジタルとデータを活用し、企業や自治体との共創を通じて新しい顧客価値を創造する業務を担当しています。本連載では、生命保険会社における新たな顧客価値創造の領域である、保険以外のビジネスドメイン「非保険領域」をテーマにお届けします。

 筆者は生命保険会社の契約管理システムを長年担当しており、保険契約の引受業務や保険金支払い部門の担当者と話をする機会があります。彼らからは、次のような声が聞かれます。

「AIの判定は正確で早いのでしょうけど、お客さまの気持ちに寄り添うことが重要だと思います。特に、大きな病気やケガで請求されるお客さまには、システムだけでは対応しきれない不安や心配があるのではないでしょうか。」

「デジタル化すると効率は上がりますが、単純な効率化だけを追求すると、お客さまとの大切なコミュニケーションの機会を失うかもしれません。システムと人のコラボレーションが必要でしょう。」

 これらの声は、保険業務のデジタル化における本質を突いていると感じます。テクノロジーはあくまで手段であり、目的ではありません。人とデジタルの力を組み合わせることで、真の顧客価値を生み出すことができると考えています。

◇デジタルで変わりゆく保険業務

 従来の保険業務といえば、大量の書類と手作業による処理が一般的でした。新契約の手続き、保険金の支払い、契約内容の変更といった業務の多くは、人手による確認と判断に依存していました。しかし、現在ではデジタルの活用が進んでいます。

 具体的には、OCRによる文字認識、AIによる自動判定、RPAによる定型業務の自動化などのテクノロジーの導入により、業務が効率化されています。例えば、保険金支払い業務では、請求書類のデジタル化と自動チェックシステムの導入により、標準的なケースの処理時間を短縮しています。契約管理においても、お客さまがスマートフォンで住所変更や家族登録などをオンライン完結できる生命保険会社が増えています。

◇人とテクノロジーの協働

 デジタル化を進める上で筆者たちが重視しているのは、「人にしかできないこと」と「デジタルが得意なこと」を明確に区別し、それぞれを組み合わせることです。例えば、保険金支払い業務では、標準的なケースについてはAIによる自動判定を検討しています。一方で、複雑なケースや特別な配慮が必要なケースについては、経験豊富な職員による丁寧な対応が不可欠です。また、契約管理においてはブロックチェーン技術の活用により、改ざん防止や手続きの透明性向上が期待されます。

◇お客さまサービスの新たな形

 デジタル化の大きな変化の一つが、カスタマーサービスの進化です。24時間対応可能な生成AIチャットボットは、お客さまの質問パターンを分析し、より適切な回答を提供する可能性を持っています。特に注目しているのが、生成AIと人間のハイブリッド対応です。チャットボットでは対応できない複雑な質問や感情的なケアが必要な場合、人間のオペレーターにスムーズに引き継ぐ仕組みを整えることで、お客さまに「継ぎ目のない体験」を提供できます。

◇デジタル化のリスクと課題

 一方で、デジタル化にはいくつかのリスクも存在します。AIによる判断が偏ったデータに基づく可能性があり、公平性が損なわれる懸念があります。また、システム障害やセキュリティ問題が発生した場合には、お客さまに多大な迷惑をかける可能性があります。そのため、継続的な監視と改善が必要です。さらに、デジタル化が進む中で、人的要素が軽視されるリスクもあります。従来の対面で築かれていた信頼関係が薄れ、顧客満足度の低下を招かないよう、適切なバランスを保つことが重要です。

◇真の顧客価値の実現に向けて

 保険業務のデジタル化は、生成AIの進化とともに大きく発展するでしょう。引受業務では、AIが医療ビッグデータ分析と生活習慣データの予測モデルを組み合わせ、一人ひとりの将来の健康リスクをより正確に予測することが可能になります。これにより、現在は引受が難しい疾病を持つ方々にも、柔軟な引受条件を提示できる可能性が広がります。

 また、リアルタイムの健康データに連動した保険料の動的な見直しや、顧客属性や行動データを活用したライフイベントの予測に基づく最適な提案も現実になるかもしれません。支払業務においては、生成AIを活用することで保険金の即時支払いが実現し、請求手続きの負担を大幅に軽減することが期待されています。

 しかし、テクノロジーが進化しても、保険事業の本質は変わりません。それは、お客さまの「もしも」に寄り添い、安心を提供することです。デジタル化は、その使命をより確実に、深く実現するための手段として位置づけられるべきだと考えます。

*次回は「2030年、生命保険はどう変わるのか ―新たな価値の創造」についてご紹介します。

 (住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェローデジタル共創オフィサー デジタル&データ本部 事務局長)

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