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生命保険ビジネスの「みらい」展望(8)暮らしに溶け込む保険へ ―組み込み型保険が創る新しい価値

2025年03月11日

 筆者は住友生命保険相互会社でデジタルとデータを活用しながら、企業や自治体との共創を通じて新しい顧客価値を創造する仕事を担当しています。本連載では、生命保険会社の新たな顧客価値創造領域である、保険以外のビジネスドメイン、いわゆる「非保険領域」に関する内容をテーマとします。

 筆者たちは、様々な企業との新規事業開発に携わっていますが、コンタクトレンズメーカーや衣料素材メーカーなどの担当者と話をすることがあります。

「私たちの商品は、お客さまの目の健康を守る大切な役割を担っていますが、もっと安心を提供できないでしょうか。例えば、コンタクトレンズで目の健康問題が生じた場合の治療費を保障する保険やヘルスケアサービスなどはどうでしょう...」

「スマートウェアで取得できる健康データを、単なる運動管理だけでなく、健康保障に活用できないでしょうか。例えば、熱中症のリスクが高まった時に警告を出すだけでなく、保険でもカバーするような...」

 これらは保険の新しい可能性を表現しています。従来の保険は「万が一」のための備えでしたが、これからは日常生活で使う商品やサービスに自然に組み込まれ、予防から保障までをシームレスに提供する新しい安心提供の可能性が出てきました。

◇組み込み型保険の可能性

 従来の生命保険は、独立した商品として提供されてきました。しかし、IoTやセンサー技術の発展により、様々な製品やサービスに保険機能を組み込むことが可能になってきています。例えば、メガネに組み込まれたセンサーでは、装着者の視線の動きや目の疲労度に加え、紫外線の影響や姿勢なども検知できる可能性があります。特にPC作業の多いオフィスワーカーの方々において、目の疲労の蓄積や将来的な視力低下リスクの把握ができるのではないかと考えています。また、子どもの近視予防や高齢者の眼疾病予防など、年齢層に応じた健康管理への活用も期待できます。

 スポーツ用スマートウェアでは、センサーによる体温や発汗量、心拍数などの常時モニタリングに加え、筋肉の疲労度や関節への負荷なども計測できる可能性があります。これにより、熱中症やケガのリスクを早期に発見し、それに連動した保障の提供ができるのではないかと考えています。特に、夏季のスポーツイベントや屋外作業現場での活用が期待できます。

◇メーカーとの共創による価値

 筆者たちが特に注力したいと考えているのが、メーカーとの共同開発です。例えば、スマートマスクというものがあれば、着用者の呼吸パターンや体温を検知し、感染症リスクの早期把握と保障を組み合わせた新しいサービスの可能性があるのではないでしょうか。家電メーカーとの協業なら、エアコンや空気清浄機などの生活家電から得られる室内環境データと、健康管理データを組み合わせることで、総合的な健康管理サービスの提供が可能とも思います。

◇お客さま視点で考える

 組み込み型保険の最大の特徴は、お客さまの日常生活に自然に溶け込むことです。メガネをかけている時やスポーツウェアを着用している時など、日常生活の中で自然に健康管理と保障が提供されます。リアルタイムでのデータフィードバックにより、お客さま自身の健康への意識も高まることが期待されます。運動時の適切な休憩タイミングの提案や、疲労度に応じた活動量の調整など、より能動的な健康管理をサポートできる可能性があるのです。

◇テクノロジーと実務の融合

 組み込み型保険の開発では、技術的な可能性と実務的な実現性のバランスが重要になってくると考えられます。例えば、センサーの精度や電池持続時間といった技術的な制約に加え、保険料算出の根拠となるデータの信頼性確保も課題になるでしょう。これらに対応するため、社内に専門チームを設置し、製品メーカーのエンジニアと保険数理の専門家が協働で開発を進める体制の構築が必須になるでしょう。

 データ活用においては、リアルタイムの健康データを活用した新しい保険ができると利便性が高まります。スポーツウェアから得られる活動データを基に、正確な健康リスク評価や、保険料の柔軟な設定ができるなどの可能性があります。

 一方で、プライバシー保護や情報セキュリティの確保は最重要課題です。データの取り扱いについては、外部の専門家を交えて検討する必要があります。法的要件の確認や技術的対策の検討を重ねていく必要もあります。

◇新しい生命保険の形

 組み込み型保険は、生命保険業界全体に大きな変革をもたらす可能性があります。従来の「事後保障型」から「予防保障型」へのシフトは、保険商品の設計や価格設定、さらには保険会社の役割そのものにも影響を与えるでしょう。異業種との協業が一般化することで、業界の垣根を越えた新しいビジネスモデルが生まれる可能性もあります。生命保険会社は、単なる保障の提供者から、お客さまの健康で安心な生活を総合的にサポートするパートナーへと進化する可能性が高まるのです。

 組み込み型保険は、新しい保険の形を実現する可能性を秘めています。技術の進化と社会のニーズを見据え丁寧に取り組むことで生命保険業界にとって新たな価値提供領域が広がると思います。

*次回は「テクノロジーが変える保険業務の未来 ―人とデジタルの共生を目指して」についてご紹介します。

(住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェローデジタル共創オフィサー デジタル&データ本部 事務局長)

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